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大阪地方裁判所 昭和34年(行)52号 判決

大阪市東住吉区杭全町五三五番地

原告

一円一角

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

武樋寅三郎

右指定代理人

検事 藤井俊彦

同 法務事務官 永田嘉蔵

同 大蔵事務官 山田俊郎

右当事者間の所得税再審査決定取消請求事件について、当裁判所は昭和三六年二月七日終結した口頭弁論にもとづいて次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が原告に対し昭和三四年四月二一日付でした、原告の昭和三二年度分所得税の審査請求を棄却する旨の決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は肩書住所地において金属工業を経営しているものであるが、昭和三三年三月一五日に、昭和三二年度の所得税に関し、同年度の総所得金額を二七九、二三七円とする確定申告をしたところ、東住吉税務署長は、総所得金額を五二九、七〇〇円とする更正処分をした。原告は右更正処分による総所得金額が過大不当であるとして、昭和三三年八月二二日同署長に対し再調査の請求をしたが同年一一月二〇日棄却されたので、同年一二月一九日被告に対して審査請求をしたところ、被告は昭和三四年四月二一日右審査請求を棄却する旨決定した。

二、しかしながら、原告には昭和三二年度に、更正処分にいうような所得はなかつた。昭和三二年の春頃は製品の価格も漸騰し、受注も活発で、業績はやや好調であつたが、六月一日から工員がストライキに入つて一ケ月間仕事ができなかつたうえ、七月以降製品の価格が連日暴落をつづけ、あまつさえ、一旦失つた得意先を引き戻すため損失をもかえりみずに安価販売をしたので、同年度は原告の事業は欠損に終つていると思われる。

原告が確定申告において総所得金額を二七九、二三七円としたのは、多少の利益はあつたことにしないと税務署が承認しないから、そうしただけのことである。

被告の主張する店主貸二九二、〇三〇円も、実はその大半を営業費に費消している。また、不渡手形として資産に計上されている金額のうちは、株式会社赤穂製作所から交付をうけた三通の約束手形金額合計二五〇、〇〇〇円が含まれているが、原告はこの見返りに同社に原告振り出しの約束手形二通(金額一〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三二年一〇月一八日と、金額一五〇、〇〇〇円、支払期日同年一一月三〇日の二通)を交付しており、同社から受け取つた前記三通が不渡りとなつたので、原告は原告振り出しの前記二通の約束手形を契約不履行の理由で不渡りしているから、これを同時に負債に計上しなければならない。

東住吉税務署長のした更正処分の総所得金額は過大不当であつて更正処分は違法である。よつて、原告の審査請求を棄却した被告の決定は違法であるからその取消しを求める。」

被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

一、原告主張の一の事実は認める。

二、被告のした審査請求棄却の決定にはなんらの違法はない。

(一)  原告の事業の概況

原告は肩書住所地で金属挽物業を営むものである。その事業の規模は、住宅階下の一部を事務所とし、住宅に接した工場(約三三平方メートル)に主たる機械としてロクロ旋盤一〇台、カツター二台、ボール盤二台、五馬力モータ一台を設備していて、原告本人と、ほかに常時事務員二人、工員一〇人程が仕事に従事している。営業はきわめて活況を呈している。

なお、原告は、別に、住宅二階の四室を他に賃貸して不動産所得を得ている。

(二)  所得金額の計算

(1)  原告は、営業に関する帳薄、書類を一応保存してはいるが、これには誤診や脱ろうが多い。すなわち、相当長期間分を一括記帳するなど、日々の取引を正確に記録していない。現金の管理も不正確である。したがつて、これら原告の帳薄、書類の記載によつて、正確な所得金額を計算することは困難である。

(2)  そこで、被告は資産負債増減計算によつて、より正確な所得金額を算出した。これによると、原告の昭和三二年度の総所得金額は七九七、八二四円である。

すなわち、

昭和三二年一月一日現在貸借対照表

〈省略〉

昭和三二年一二月三一日現在貸借対照表

〈省略〉

(8) かりに、原告の帳簿、書類の記載をもとにして計算しても、原告の同年度の総所得金額は五四六、二六二円となる。すなわち、

(イ) 営業所得 四八五、二六二円

〈省略〉

(ロ) 不動産所得 六一、〇〇〇円

(ハ) 総所得金額 五四六、二六二円

(三)  右のように、原告の昭和三二年度の総所得金額は、七九七、八二四円であつて、更正額五二九、七三八円をはるかに上廻る(かりに原告の帳簿書類によつて計算しても五四六、二六二円となつて更正額を上廻る)から、被告が、原告の審査請求を棄却したことになんら違法はない。」

証拠として、被告は乙第一号証、第二号証の一、二、第三、四、五号証を提出し「乙第五号証の作成者は原告である」と述べ証人山田俊郎、同山本勇の各証言を援用した。原告は「乙第一号、第二号証の一、二の成立は認める。乙第三、四号証の成立は知らない。乙第五号証の成立は否認する。」と述べた。

理由

一、原告主張の一の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、原告の昭和三二年度の所得金額について考える。

(一)  成立に争いのない乙第二号証の一によれば、原告は昭和三二年度に、事業所得のほかに六一、〇〇〇円の不動産所得を有することが認められるが、証人山田俊郎の証言によると、原告はその営業に関する帳簿書類を一応備えているものの、これには脱ろうが多く、取引の実際を正確に記録したものではないことが認められ、したがつて、事業所得については、原告の帳簿、書類によつては正確な所得金額の計算が困難であると認められる。したがつて、被告が原告の総所得金額を計算するのに、いわゆる資産負債増減計算によつたことは相当である(所得税法第四五条三項)。

(二)(1)  前掲乙第二号証の一によれば、被告の右計算の基礎となつている金額のうち、昭和三二年一月一日現在の貸借対照表中支払手形および元入金以外の各勘定科目の金額、ならびに昭和三二年一二月三一日現在の貸借対照表中(純益金はもとより別論として)支払手形、店主貸および元入金以外の各勘定科目の金額は、いずれも被告主張のとおりであることが認められる(これは原告が審査請求書に添付して提出した資産負債等明細表に記載した金額をそのまま是認したもの)。

(2)  証人山田俊郎の証言によつて成立を認めることのできる乙第三、四号証、証人山本勇の証言によつて原告が作成したものと認めることのできる乙第五号証に、証人山田俊郎の証言を総合すれば、昭和三二年一月一日現在の支払手形は、株式会社福徳相互銀行百済支店に七八七、五五七円、平野信用組合杭全支店に一、〇一二、〇二四円、合計一、七九九、五八一円であること、昭和三二年一二月三一日現在の支払手形は、原告が審査請求の際に主張した八八七、三七五円(乙第二号証の一。このうちには平野信用組合からの手形貸付金一四一、〇〇〇円も含まれている)のほかに福徳相互銀行百済支店に二四六、〇二五円の残高があり、これを合計した一、一三三、四〇〇円であることが認められる。そこで、昭和三二年一月一日現在の支払手形金額を右認定のように一、七九九、五八一円と修正したうえで、元入金を計算すると(同日現在貸借対照表の資産と負債の差額)七八二、七一二円となる。

次に、成立に争いのない乙第二号証の二によれば、原告の家計費は月額二三、六〇〇円すなわち年額、二八三、二〇〇円であること、前掲乙第二号証の一によれば、原告が当該年中に納付した所得税は四、六四〇円、市民税は四、一九〇円であることが認められるから、店主貸は右の合計二九二、〇三〇円となる。

(3)  原告は、店主貸として計上した二九二、〇三〇円も、実はその大半を営業費に費消していると主張するが前掲乙第二号証の二によれば、原告方の実族は原告夫婦と、母親、子供二人(中学生と小学生)の5人暮らしであることが認められ、同書面に記載された家計費の内訳から考えても、月額二三、六〇〇円という額は決して多すぎるとは思われない。むしろ少な過ぎるとも考えられるくらいの額であつて、少なくとも、これを下廻つていたとはとうてい認められない。

次に、原告は、不渡手形として計上されている金額のうちには、赤穂製作所から受け取つた三通の約束手形金二五〇、〇〇〇円が含まれているところ、原告はこの手形と見返りに同額の約束手形を振り出していて、これを不渡りにしているから、負債として計上すべきであると主張するが、前掲乙第五号証によれば、原告が昭和三二年一二月三一日現在の支払手形金としてあげている八八七、三七五円(審査請求の際の主張額)のうちには、すでに右約束手形金額が含まれていることが認められる。原告の主張は失当である。その他前記認定を覆するに足る証拠はない。

(三)  以上説明したとおりであるから、被告主張の昭和三二年一月一日および同年一二月三一日現在の貸借対照表の各勘定科目の金額はいずれも正当である。よつて、これを基に原告の昭和三二年度の総所得金額を計算すると、資産の増加、七、三九七円と、負債の減少七九〇、四二七円の合計七九七、八二四円となる。

三、そうすると東住吉税務署長のした更生処分の総所得金額五二九、七〇〇円は右認定の所得金額の範囲内であるからこの更正処分を認容し、原告の審査請求を棄却した被告の決定は適法である。

よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 中村三郎 裁判官 上谷清)

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